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ブログ−2012年

建築業界見晴台…「この一年を振り返る」         2012年12月28日(金)

 今年は昨年起きた東北地方太平洋沖地震のような大きな天災もなくその意味ではなんとか無事に一年間を終わろうとしています。しかし消費税率を2014年4月に8%、15年10月に10%へと段階的に引き上げると言う消費税増税関連法がとうとう8月10日に成立してしまいました。5%上がれば10兆円の増収と言う試算ですが勤労所得者・年金生活者は増税分支給額が上がる訳ではありませんのでその分可処分所得が目減りすることになります。消費税導入時・税率引上時(3%→5%)にはやはり反動がありましたから実際には消費が一段と冷え込み“捕らぬ狸の皮算用”となる公算が高いでしょう。 
 1989年4月の消費税導入(3%)はバブル絶頂期にあった為か瞬間的にはさほど大きな影響は出ませんでしたが、その後消費税は増えても法人税・所得税が下降する為じりじりと税収全体が落ち込んで行きました。1997年4月の税率引上時(3%→5%)のときも消費税は少し増えたのですがさらに税収全体はその後失速し大きく落ち込んでしまいその状態が今も続いています。国税庁の統計によれば民間平均給与が1997年に年間467万円だったものが2011年には409万円まで下落していることからも裏付けられます。勤労所得者・年金生活者の可処分所得を下げるのみならず、消費を冷やし我国全体の経済活動を弱めて法人税減少→所得税減少と連鎖することが過去の統計からも歴然と分かって来ます。 
 一方建築業界のこの一年を振り返って見れば、リーマンショック以降の冷え込みと震災以降の受注減が続いておりなお苦しい状況が続いてきました。年後半になって震災被災住宅の建替え需要や消費税増税の駆け込み需要の設備投資・分譲住宅等で少しづつ上向いてきている感がします。けれども業界全体で見ればそんなに大きなうねりでもなく、また世界の資源需要後退も相まって建材価格の方は比較的安定しているようです。建材価格はさほど上がってきていないのですが、近年続いてきた建築工事の職人の減少が原因となり少し仕事が増えただけで建築工事単価上昇へと繋がるようです。 
 建築工事については消費税導入時・5%増税時は直前に駆け込み需要がありましたが、その後の反動需要減も苦しいものでした。日本経済長期低迷下で今回は今のところは駆け込み需要すらそれ程はっきりと感じられません。それより遅々として震災被災地の復興事業が進んでいませんので、これから本格化するであろう復興事業へのコストアップ・人手不足を憂慮すれば何故消費税増税が今実施されるのか理解できません。消費税が10兆円増えても2〜3年ですぐまた足りなくなるとも言われています。真にメスを入れなくてはならないのはもっと他の所にあると感じている国民は大勢います。

久里屋設計界隈散策−その34 高牟神社         2012年12月14日(金)

境内南西入口から見る
高牟神社…名東区高針二丁目地内
 高牟神社は当社から南々東へ約3.8km離れた名東区高針二丁目地内に位置していて先回ご紹介した東勝寺から東へ300mくらいのところにあり、高針小学校のすぐ南の緩やかな傾斜地に建っています。高牟神社の創建年は不詳ですが、元禄15年(1702年)には土地覚え書に八幡宮がこの地にあり東西134間南北84間の広さとの記録があります。江戸時代には八幡社として親しまれ、昭和25年に高牟神社と改称されたとのことです。拝殿西側には明治時代以来の戦没者の英霊を祀った高針護国社が建っており社務所が右手前にあります。
拝殿・本殿を東側から見る
拝殿・本殿           ……平成8年に再建されたもの
 ご祭神は誉田別尊(ホムタワケノミコト/応神天皇)で、拝祀として高皇産霊神(タカミスビノカミ)を祀っている八幡神宮です。社殿は八幡造で毎年10月15日に秋季例大祭が執り行われているそうです。八幡宮の総本宮は九州宇佐八幡宮であるとのことで、その分霊社が25000余りあり高牟神社もその一つであるとのこと。応神天皇は殖産興業・教育文化のこの地域の守護神として古来より尊崇されており、高皇産霊神は天地創造の神であるとのことです。社殿は昭和12年に改造されましたが平成8年(1996年)に再建されたものです。

久里屋設計界隈散策−その33 東勝寺          2012年11月30日(金)  

山門へ続く南入り口
東勝寺…名東区高針一丁目地内
 東勝寺は当社からやや東よりの南方約3.7kmの名東区高針一丁目地内にあり、県道岩藤名古屋線を北へ入ってすぐのところに位置しています。名二環道/国道302号線から東へ約170mのところにあり騒音であまり静かではないのかと思っていましたが道路の遮音壁の効果もあるのか意外に閑静な雰囲気です。この辺り一帯は道や区画の状態が昔のままなので時空を越えて往時を感じることのできるまちです。創始は明らかではないとのことですが、往時は伝忠坊と称し天台宗でしたが今は浄土真宗大谷派のお寺になっています。
山門から本堂を望む
本堂…東山門を潜るとある
 この地から300mくらい東に加藤勘三郎信祥が築いた尾張高針城址があり、当寺はこの高針城主の菩提寺ともなっています。高針城主の弟加藤勘右衛門が天正3年(1575年)に顕如上人に帰依し東照寺(後に東勝寺に改称)に改号したのだそうです。境内には鉄筋コンクリート造ではなく木造の本堂・鐘突堂等の伽藍があり時代の感じられる空気が漂っています。本堂は天明7年(1787年)に再建されたものが現存しています。また山門前には名古屋市の指定保存樹のクロマツ・クロガネモチ等もたたずんでおり風情もあります。 

久里屋設計界隈散策−その32 神丘公園・デッチョ池   2012年11月16日(金)  

公園西入り口
神丘公園…名東区神丘町三丁目地内
 神丘公園は当社よりほぼ南へ直線距離で3.4kmのところに位置する名東区神丘町三丁目地内にあります。昭和35年に開園しており、公園すぐ北側にアーバンラフレ虹ケ丘東団地がありその西側に神丘中学校があります。名東本通より南へ350mほど入った所にあり、また国道302号線/名二環自動車道より西へ300mほどに位置しているのですが距離が離れているので住宅街に囲まれた閑静な佇まいの公園です。最寄のバス停は「神丘公園」になります。ブランコ・砂場・すべり台などの遊具やベンチも設置されています。
池面に浮かぶ展望所
デッチョ池、中央に展望所が見える
 デッチョ(デッチョウ)池は神丘公園内にあり、公園東側に作られています。この池は大雨時の雨水を一時的に貯留するため、昭和63年に特定保水池整備事業として作られたもので洪水調節容量は19200立米となっています。デッチョ(デッチョウ)とは神丘東公園の出っ張ったこの丘陵の姿から付けられた名前であるらしい。池周辺には水辺周遊デッキ(散策路)が設けられ池の中央には池を見渡せる展望所(あずまや)があります。冬には鴨が飛来し水面を泳いでいます。また池の中には鯉・亀などが生息しているとのことです。

賃貸住宅見晴台…立地条件“駅立地”なら安心か?      2012年11月2日(金) 

 “賃貸マンション用地を探しているのだが、駅立地で良い売り土地の情報はないだろうか?”と言う話は昔からよく耳にします。もともと駅立地の土地は立地条件が良い訳ですから、地主さんに何らかの事情がなければなかなか良い売り土地が出ることは少ないでしょう。またそもそも駅立地は土地路線価が高いため地主さん達も古くから土地活用をせざるを得ず、放ってある土地もそんなにはありません。もう既に活用している土地が多いので余計良い売り土地などなかなか出てきません。
 もともと駅立地の土地を所有している地主さん達も毎年来る固定資産税/都市計画税が大変なので、建物を建てたり駐車場で貸したりして何らかの収益を図ってその税金対策をこれまでもしてきています。また他地区の土地よりも当然相続税も高いので相続税対策のため、今後も賃貸住宅を建てるなどして税金対策を兼ねて土地有効活用をされる方が増えて行くことが考えられます。近いうちに相続税増税も予定されていますので賃貸住宅建設等の土地活用に一段と拍車がかかるかも知れません。
 賃貸住宅が既に全国的に供給過剰であることは衆知の通りです。駅立地以外の土地については駅立地のこの流れとは逆に、賃貸住宅の新築や建替えを考える地主さんが最近一段と減少傾向にあります。人口減少下で賃貸住宅が供給過剰であるため空室が目立ってきていることと、また駅立地と比べれば立地条件が劣ると感じ不安も募っているからです。賃貸住宅量産業者が田舎や魅力のない土地に入居保証/家賃保証等で地主さんを引っ掛け建てさせるのもいよいよ難しくなってきたようです。
 以上の状況から駅立地では既存物件に加え今後さらに新築賃貸住宅が増える可能性が高く、駅立地物件同士の厳しい過当競争時代到来を予感させますし、また駅立地であってもあまり魅力ない地区もあります。ゆえに今後は駅立地でも中途半端なものを造ったり買ったりすると行き詰まる可能性も考えられます。駅立地以外の一般土地では逆に新築物件があまり建たず次第に良質物件が少なくなり、良質物件さえ造れれば過当競争に巻き込まれず安定入居の安心経営ができると言う見方もできます。勿論家賃が高いにこしたことはありませんが、家賃が高くても入居が不安定よりは家賃が安くても入居が安定することの方が賃貸住宅経営としては成功とも言えますから、駅立地以外の地域にも入居ニーズは必ずありますので駅立地以外で建てるのが全く駄目であると言うことにはなりません。

久里屋設計界隈(ゆかりの地)散策−その31 北之庄城跡 2012年10月19日(金)  

左手に柴田神社、右手に北之庄城復元模型
北之庄城跡地               ……福井市中央一丁目地内
 名東区陸前町にある下社城跡地にある明徳寺が柴田勝家公の生誕地であることを以前にご紹介しました。さて勝家公が羽柴秀吉に攻められお市の方と共に最後を遂げられたのが北之庄城であることはテレビ・映画等でよく知られています。しかし北之庄城がどこにあるのか意外に認識されておらず、一度この地を訪ねて見ることにしました。
 北之庄城は現在の福井市内にあり、城址が柴田公園として整備され勝家公・お市の方が合祀されている柴田神社や北之庄城復元模型/勝家公/お市の方/三姉妹の銅像があります。北之庄城は越前の一向一揆の平定の功績により、越前北之庄を織田信長に与えられた柴田勝家が天正3年(1575年)に自らの縄張りにより築城を開始しました。
柴田神社と北之庄城復元模型の間にある
城址に立つ柴田勝家公銅像
 天守は七層(一説には九層)構造で安土城に匹敵する巨城であったと伝えられる。天正9年宣教師ルイス・フロイスの北之庄訪問時の記録によると「城及び他の屋敷がことごとく立派な石で葺かれており、その色により一層城の美観を増した」とある。この石は城に程近い足羽山で産出される越前石で石垣もこれを使っていたとのこと。公園内には当時のこの石垣の一部が残されています。
 城は足羽川と吉野川(後の百聞堀)が合流した位置に築かれ、堀の一部に足羽川を使用したと推定されております。天正11年賎ヶ岳の戦のあと秀吉軍攻撃による落城の後、家康の次男結城秀康により慶長5年(1601年)築城が始まった新北之庄城はここより北へ400mくらい離れたところです。 

久里屋設計界隈散策−その30 トヨタ博物館        2012年10月5日(金) 

トヨタ博物館…長久手市横道地内
 トヨタ博物館は当社から東へ約6.2kmのグリーンロード沿いに位置しており、2005年に開催された愛知万博跡地から約3km西にあります。514台の駐車場(内バス24台)が設置されており東部丘陵線(リニモ)芸大通駅から徒歩5分の所にあります。開館時間9:30〜17:00、休館日月曜日(祝祭日の場合翌日)及び年末年始となっています。
 本館オープンは1989年4月で、1999年4月に新館が建てられました。この博物館は、自動車文化・技術の変遷が見られるよう、世界中から代表的な車を収集・保存・展示することで、世界レベルの展示内容をめざしています。昔活躍した懐かしい車の現物が数多く展示されており、車好きにとっては一日居ても飽き足りない博物館です。
本館館内吹き抜けホールを見下ろす
 本館はガソリン自動車が誕生した19世紀末からの自動車の歴史を120台の車両により常設展示しており、1階エントランス・2階欧米車展示ゾーン(パイオニアの時代)・3階日本車展示ゾーン(日本人の手による自動車生産)となっています。
 博物館開館10周年を記念してオープンした新館は、日本のモータリゼーションの歴史を人の暮らしと生活文化の関連で捉え、暮らしと自動車の関わり合いについて展示、1階大ホール/ミュージアムショップ/カフェテリア/キッズガレージ・2階前史ゾーン「開花/移入/産声」の常設展示・3階図書閲覧室となっています。なお大ホールは各種会合などに利用でき、キッズガレージは子供達が遊びながら学べるコーナーとなっています。

ヌートリア遭遇体験談                   2012年9月21日(金)

怖いと言う人もあるが意外に愛らしい
至近距離から見たヌートリア
 これは2005年〜2006年の冬に瑞穂市穂積町地内のマンションの計画地で調査中の折遭遇したときに撮った写真です。最初見たときは日本カワウソかはたまたビーバーかと思いましたが、日本カワウソは絶滅している筈ですしビーバーが生息しているなんてこともあり得ません。この話をオーナーさんにしたら、それはヌートリアと言う動物であると教えられました。さらに近所の人のお話でも敷地内のため池に十数匹が住み着いていて畑の作物が被害にあっているとのことでした。私にとってはこの時まで見たことも聞いたこともない動物でしたのでそれは大変な驚きでした。会社のPCの中に残っていた画像をたまたま発見したので今回皆さんにご紹介することにしました。
なかなか達者な泳ぎっぷり 
泳いでいるヌートリア
 ヌートリア(海狸鼠・沼狸)はネズミ目(げっ歯目)ヌートリア科に属す哺乳類で、主食は水生植物の葉や地下茎です。原産地は南アメリカの中・南部で、第二次世界大戦頃世界中で軍隊の防寒服用に輸入され繁殖しました。日本では1939年(昭和14年)にフランスから150頭が輸入され、軍隊の防寒服用として盛んに飼育されるようになり1944年頃には日本全国で4万頭が飼育されていたとのことで、これが戦後放逐され野生化したのです。目撃後各地の人々に聞いて分かったのですが、美濃地方ではすでに広い範囲で生息しており、尾張地方でもかなり目撃されているようです。さらに都会の下水道本管にも生息しているとの話も聞いています。環境省指定特定外来生物。

謎の異音騒動“ホーンテッドマンション”           2012年9月7日(金)

異音原因のあった共用玄関の天井
この天井裏に音の発生源
 当社が設計監理を担当して昨年の春に完成した賃貸マンション(4階建RC造・1LDK2戸/F×4F計8戸)で今までになかった現象が起きました。それは新築完成して入居された1階住戸の住人の方から、不思議な音が北側洋室を中心とした辺りから聞こえ気味が悪いので一度見て欲しいと、管理会社へ連絡があったのが始まりです。
 管理会社から連絡を受け、早速現場監督・設備業者さん達と駆けつけて確認したところ北側の部屋/玄関辺りから時折り“ホォーン”と言うかすかな音が聞こえてきます。これがまさしく“ホーンテッドマンション”なのか?と気味が悪くなりました。ちょうどまだ北風の強い4月初め頃なのでどこかの隙間から風が入り込んでいるのかとくまなく調べたのですが、壁全体から聞こえる感じで発生箇所も解らず全く原因不明のまましばらく様子を見てくださいと言うことになりました。
天井裏の床スラブのCD管エンドモール
床スラブ打ち込みCD管の入口部分
 この冬の終わり頃、再び同じ入居者の方からまた同じような異音がするとのご連絡があり、早速担当した建築会社の監督さんと駆けつけ今度こそ原因究明しようと徹底的に追求した結果、意外なところが音の発生源であることをとうとう突き止めました。住戸玄関の天井スラブと外部共用玄関のスラブとの間に埋められている弱電ケーブルの入ったCD管の間を通る空気の共鳴音が真相でした。この入り口のエンドモールを塞ぐことで異音は見事ピタリと止めることができました。
 あわや入居者の方が気味悪さから退去するかもと言う懸念がありましたが、無事に原因究明でき異音を止めることができました。建物は形と言う実態がありますので、風切り音・排水管流水音・隣戸騒音・床鳴り音等々様々な音を発生させることがありますが、今回のような原因究明しにくい音の発生はまだ他にもあるかも知れません。

久里屋設計界隈散策−その29 鍋屋上野浄水場       2012年8月24日(金) 

鍋屋上野浄水場全景(西南方向より俯瞰)
鍋屋上野浄水場…千種区宮の腰地内
 鍋屋上野浄水場は当社から西へ約3.5kmに位置する千種区宮の腰町地内にあり、地下鉄名城線茶屋ケ坂駅のすぐ西側にあります。この施設は明治43年(1910年)に着工し大正3年(1914年)に竣工通水しました。敷地面積137,325平米・浄水処理能力290,000t/日で、施設概要は本館・設備棟・旧第1ポンプ所(休止中)・急速系着水井・凝縮沈澱池・排泥ポンプ所・・汚泥移送設備・汚泥濃縮槽・緩速系着水井・緩速ろ過池・配水池・太陽光発電実験設備・水道公園(水の丘)等となっています。昭和62年から施設の更新が始められ、平成26年がちょうど名古屋市水道供給開始100周年にあたるので、次の100年に備え老朽化した緩速ろ過池の大規模な造りかえ工事が進んでいます。
旧第1ポンプ所建物を北西より見る
浄水場旧第1ポンプ所
 上の写真は旧第1ポンプ所です。大正3年に完成した英国製煉瓦造りの欧風古典様式建築で、昭和6年5月に近代水道百選/平成元年に名古屋市都市景観重要建築物/平成23年に土木学会選奨土木遺産に選ばれています。普段は浄水場に部外者は入れませんが、年に一日だけ市民に開放しており今年も去る6月3日(日)に水道週間行事の「名古屋水フェスタ」開催時に入場見学でき撮影してきました。今年は、水道創設時に東山配水場で市内への配水流量を計測していたベンチュリーメータが初公開されていました。また敷地西南角の谷口交差点にある水道公園(水の丘)は潤いある公園として造られているのですが、あまりに大きな交差点にあるためか人影を見ることが殆どありません。

30年ぶりの建築現場看板一新               2012年8月10日(金)

おとなしいパステルカラー調看板
初代看板デザイン
 西暦2011年の昨年、創立してからちょうど30周年を経過しましたのでこれを機会に当社の建築現場で長年使ってきた看板を一新させました。近くから映したため四周が少し丸く見えますが、左上の写真がこれまで長年使用してきた看板です。 
 これを作った当初は、これからやって行く建築設計監理の仕事のポリシーとして、センスのあるデザインと周辺環境にマッチする建築を目指して行こうと言う自分自信の確たる気持ちがあり、これを明確化させるべくデザインを決めました。
 ゆえに、その気持ちを反映させ背景色調はパステルカラー(薄ベージュ色と薄ピンク色の混色)とし、屋号の文字は新鮮な気持ちのブルー/設計監理の文字は熱意のオレンジ/仕事の内容の説明文字は穏やかな気持ちの薄グリーンとしました。
 看板デザインの根底にある思想を曲げずに、なんとかこれまで30年間貫いて来れた感がいたします。世間の評価はともかくとして、下品でもなくまた悪趣味でもないそれなりの景観を損なわぬ建築が造れて来れたのではないかと思っています。
クリアーで判り易い看板
二代目看板デザイン
 右上の写真が新しい看板デザインです。今まで使用してきたものに随分愛着もありますが、日本が戦後最大の転換に突入している最中、時代背景も大きく変わり次の節目に入るので、新規一転気持ちをリセットする意味も込め一新しました。
 看板ははっきりと内容明示することが本来の目的です。建築現場を囲う仮囲いは一般的には地味目な明色が多く、これまでの当社のパステル調カラー看板がこの上に掛かっていると、あまり良く判らず看板として役割不足の感がありました。
 看板デザイン変更の一番の目的は、この判然としなかったことを改善することにありました。背景になる明色仮囲いからくっきりと存在感があるブルーを基調として採用しました。ブルーは信頼・誠実・若さ・公正・正義を象徴しています。
 今、世界中で環境問題が言われています。上部のブルーは青い空・白い文字は雲/下部のブルーは碧い海・白い文字は波をイメージしています。今後は環境/自然に調和する建築を目指し、さらに信頼される建築設計監理をして行きます。 

香流から見える山々−その9 弥勒山・道樹山        2012年7月27日(金) 

弥勒山・道樹山の見える方角
 「香流から見える山々−その4/御嶽山」でご紹介した景色をもう一度ご覧頂きます。今回は御嶽山が雲やガスで見えていませんが、ちょうど背景の山々の中央部分の後方当りに御嶽山がそびえています。中央の峰が道樹山で左へ大谷山〜弥勒山と尾根が続いています。御嶽山までは当社から北北東へ直線距離92kmでしたが、弥勒山まではその距離約1/6で15.6km離れています。これらの尾根の向こう側は多治見市で手前側が春日井市となっています。また右手の峰は牛臥山です。
 弥勒山(標高436.6m)・大谷山(標高425m)・道樹山(標高429m)は岐阜県多治見市と愛知県春日井市との県境を連なる尾根です。これらは愛岐三山とも呼ばれ南北にゆるやかな峰々が美しい姿をしており、その尾根道は東海自然歩道にもなっています。お天気がよければ弥勒山山頂からは御嶽山・恵那山・中央アルプス・尾張富士・濃尾平野・三河湾等が眺望できます。また牛臥山標高は380mで、斜面の土が見えているのは採石をしている場所だと思いますが景観破壊の感は否めません。
 弥勒山は愛知高原国定公園として登山道が整備され、これらの尾根の西麓には築水池・春日井市少年自然の家/都市緑化植物園/細野キャンプ場等の公共施設があり、さらに麓から西へ高蔵寺ニュータウンが拡がっています。都市緑化植物園(グリーンピア春日井)では緑と花の休憩所や各庭園など園内のいたる所で、四季折々の植物が見られます。また築水池周辺には絶滅危惧2類に分類されるシデコブシの自生地があり、ミツバツツジや桜・ショウジョウバカマも咲き誇っています。
 牛臥山の麓には林昌寺と言う寺があります。この寺は延徳2年(1490年)に観空由公和尚によって創建され、ご本尊が薬師如来であるとのこと。臨済宗妙心寺派定光寺末寺であり、木附・外之原・細野を含めた外之原郷で唯一の寺で殆どの家が檀家になっているとのことです。開山した観空由公和尚と言うのは廻間の住人林氏昌則であり、もともと牛臥山で狐や兎を獲る猟師でしたが、牛臥山の主らしき狐に出会ったのがきっかけとなり仏門に入ったと言う言われが伝えられています。

建築業界見晴台…「激減する建築設計事務所」        2012年7月13日(金)

 ここ2〜3年前から、当社に来られる建設会社・建材メーカー等の営業マンの方々よりよく耳にする話ですが、訪問した建築設計事務所が行ったら既にそこにもうなかったと言う話が大変多く聞かれます。人によっては半分くらいはなくなったと言う話をされる人もいます。またもともと仕事のなさそうな所や下請専門事務所へは行ってないので自分はそんなに減った感じはしないと言う人もいます。でもどうやら今まで体験したことのない大変な事態が起きているのは本当のようです。      
 建築投資の低迷に伴う事務所閉鎖や業務実態のない建築士事務所の廃業が進み、建築士事務所数が2011年3月末時点からの約一年間で大幅に減ったことが国土交通省の調査で判明。2005年度末まではおおむね133000で推移していたが、この一年間で約8000が減少し2012年3月末時点で約110500になり近年で最大の減少幅とのこと。残った事務所の中でも新制度の管理建築士講習未受講が700程度含まれているので最終的には11万割れの可能性もあり、さらに残っている事務所でも事実上廃業しているが届出をしていないこともあり得るので実態はもっと少なくなっているのではないかとのこと。
 建築士事務所は専業と兼業の二つに分かれます。前者は設計監理のみを業務としており、後者は施行もしている建設会社・工務店等です。この内訳の統計値が掴めませんので、業界筋に聞いてみると6:4くらいの比率だろうとのこと。また専業の事務所の中でも、半分以上が下請専門事務所で建築士事務所本来の設計監理業務をしているところは少数派ではないかとのこと。即ち建築士事務所本来の業務をしている専業建築士事務所は全登録事務所数の三割弱と言ったところか。いま消滅しているのは、この下請専門事務所(廃業)と兼業事務所(事務所登録取消)が主ではないかとのこと。 
 国内建設工事受注額(土木・建築)は1990年代には約80兆円あったのですが、最近ではその半分の約40兆円くらいで推移しています。当然のことながら建設会社の売上は以前に比べ1/2〜1/3まで落ち込み、従業員数も比例して大幅に減少しています。建築設計事務所も同じ建設業界ですのでこのような激減する事態が始まっても決して不思議はない訳です。さらに言うなれば国内型産業全体が昔のような元気がありません。どのようにすれば生き残れるのか?大変な時代になりました。

久里屋設計界隈散策−その28 清風荘           2012年6月29日(金) 

清風荘玄関ホールを北側より見る
清風荘…千種区香流橋一丁目地内
 清風荘は名古屋市が老人福祉法の規定により、昭和41年4月1日に開設した軽費老人ホームです。所在地は千種区香流橋1−2−26ですが、最初は同区田代町瓶杁108−4(新池北)に造られ定員120人(単身者80人/夫婦40人)でスタート、昭和47年6月1日に単身者40室を増築し定員160人となり、平成13年7月24日に現在地に移転し定員160人(単身者136人/夫婦24人)の現規模・内容になりました。この場所は先にご紹介した香流橋プールのすぐ南隣で、プール同様名古屋市環境局猪子石工場から電力・熱源の供給を受けており、茶屋坂自動車学校にも隣接しています。。基幹バスレーンのある県道田籾名古屋線より少し入ったところで、矢田川と香流川に挟まれた静かな環境にあります。
清風荘全体を西側より見る
建物全体を西側より見る
 入所できるのは、名古屋市内在住の日常生活を自力で営める65歳以上(夫婦の場合はその配偶者が50歳以上)の市民で、また本人年収300万円以下と言う制約があります。毎月の使用料は食費込みの家賃で、所得に応じて6万円台〜11万円台のスライド制になっています。敷地面積4049.52平方メートル、建物は延床面積5917.22平方メートルの鉄筋コンクリート造6階建てです。建物自体は名古屋市のものですが、平成21年4月1日より社会福祉法人なごや福祉施設協会が管理運営をしています。一階には「デイサービスセンター香流橋」が併設されています。届け出れば面会・外出・外泊は原則自由、民謡/手芸/書道/健康体操等のクラブ活動もあり、食事・入浴は共同です。

久里屋設計界隈散策−その27 香流橋プール        2012年6月15日(金)  

香流橋プール・地域センターを西正面から見る
香流橋プール            ……千種区香流橋一丁目地内
 千種区の北東部のはずれ(名東区/守山区の区界に近い所)にある名古屋市営の屋内プールです。名古屋市環境局猪子石工場の東に隣接する敷地(敷地面積4125平方メートル)に建っており、この工場(可燃ごみ焼却場)の焼却エネルギー(熱・電気)を利用して施設運営をしています。同じ建物内に地域センターが併設され共同で利用しています。写真の左手が屋内プール部分、右手の大きい建物部分が地域センター部分となっています。所在地は猪子石工場に同じく千種区香流橋一丁目地内となっています。また公共交通の手段としては、市バスで基幹バス2「香流橋東」で下車徒歩5分・茶屋ケ坂12「香流橋」徒歩5分などがあります。なお駐車場も51台分が用意されています。
香流橋プール正面玄関出入り口
玄関出入口            …右手に地域センター出入口がある
 昭和54年8月7日に開館、平成10年12月5日に改築移転しています。施設内容は、練習用25m5コース・歩行用25m1コース・学童用7m×5m・幼児用24m2(変形)・ジャグジー7m2(変形)があり、歩行専用コース・ジャグジーなどが特色ある設備として用意されており、幅広い年齢層の人々が利用できるよう作られ一年を通じて利用できるようになっています。また様々なタイプの少人数単位の水泳教室も開かれています。地域センターの方の施設内容は、会議室1(50平方メートル)・クラブ室1(50平方メートル)・和室1(60平方メートル)・体育室(500平方メートル)などで、会議室とクラブ室は一体利用することも可能です。両施設とも毎週月曜日/年末年始が休館日です。

久里屋設計界隈散策−その26 名古屋市環境局猪子石工場   2012年6月1日(金)

北側矢田川河川敷道路より西面を見上げる
猪子石工場           ……千種区香流橋一丁目地内
 名古屋市環境局の可燃ごみ焼却場の一つ(全部で4箇所)で名古屋市北東部にあります。当社からはやや北寄りの西方約1150mの千種区香流橋一丁目地内に位置しています。当社周辺ではこのすぐ近くにあるアピタ千代田橋店に並ぶ数少ない巨大な建物です。近くから見上げるとその建物のスケールには圧倒されます。千種区の北東のはずれにあるので、矢田川中心からすぐ北側は守山区内そして東へ800mからは名東区内となっています。矢田川と香流川の合流する三角形状の地域にあり、二つの河川(河川敷…特に矢田川が広い)に挟まれており近くに民家や一般建物がなく、ごみ焼却と言う目的の施設としては格好の土地を選び建てられたのではないかと思います。
事務所玄関出入口を南東から見る
猪子石工場東面(正面)
 平成14年3月に完成した施設で、市街地にある焼却工場を配慮して明るく清潔感のある外観と色調にしたそうで、モダンな感じのする建物です。敷地面積21,825平方メートル・延床面積24,070平方メートルの規模であり、その焼却能力は日量600トン(一炉当り日量300トンが二炉)となっています。煙突は二本ですが一本に見えるように造られており、その高さは80m(25階建てビル相当)で頂上内径は1.45mもあります。焼却の余熱で蒸気タービン発電を行い12,500キロワットを出力しています。この熱源と発電電気を利用して隣接する温水プール・地域センター・高齢者施設及び千種環境事業所への給電・温水供給/工場内給湯・冷暖房等に使っているとのこと。

久里屋設計界隈散策−その25 長福寺           2012年5月18日(金)

本堂正面を見る
長福寺…千種区京命一丁目地内
 長福寺は当社から西へ約850mの千種区京命一丁目地内に位置しています。南久留里のバス停(商業施設アスティ前)のあるバス通りをすぐ南へ二本入った筋で、四方道路の北垂れ斜面の広い敷地にあります。本堂建物があまりにモダンな造りであり境内もさっぱりし過ぎて、また住宅地の中にあることも相まってお寺がここにあるとはとても気付きにくく、つい通り過ぎてしまいそうです。紫磨山と号し天和三年(1683年)に千丈道巌禅師により再興されたと伝えられ、元禄10年(1697年)には黄檗宗大本山萬福寺の直末寺となり今日に至り、名古屋市内ではあまり数のない黄檗宗のお寺です。ご本尊は400年以上前のものと言われる千手観音菩薩像で長福寺秘仏となっています。
祟り石(たたりいし)
たたり石            ……触るとたたりがあると言われる
 もともとは現在の香流小学校の辺りにあった猪宝山(ちょほうざん)長福寺が前身なのですが、天正12年(1584年)の長久手の戦いの折の桧ケ根の戦いで、猪子石方面へ遁走する徳川方の大須賀隊に火を放たれ焼失したとされています。この時地中へ埋められ危うく難を逃れた大悲像の胎内から約100年後に取り出されたのが現在の長福寺のご本尊千手観音菩薩像と言われています。境内には長久手の戦いの戦死者を弔った「たたり石」と呼ばれる石が祀られており、上の写真の竹垣で囲われた石がその石で由緒書きの立て札が立っています。以前は新屋敷の畑にあったのを長福寺10代和尚がお祓いをし、大正7年(1918年)3月10日に二日半掛りでころを使いここへ運び込んだそうです。

室内結露を考える                      2012年5月4日(金)

 室内の結露は内外温度差と室内水蒸気が原因する自然現象です。隙間の多い昔の木造建築ですら内外温度差の大きい真冬には窓等に結露していました。必然機密性の高い今のRC造の建物では特によく発生し易く、これが賃貸住宅ともなると借家人から管理会社・管理人そして大家さんまでにクレームが入ってきます。さらに設計や施工の欠陥ではとまで思われてしまう場合もありますので非常に厄介なことです。洋服入れで洋服にカビが着いたとか、下足入れの中の靴にカビが着いたとか、家具・調度品にカビが着いたとか大体結露水分によるカビ発生の被害が主たるものと言えます。
 昔は結露と言えば一番多かったのは窓ガラスとアルミサッシに着いた水滴が主でした。外気で最も冷やされた部分に結露が集中していたからです。古いRC造ラーメン構造の建物ですと外壁部分の断熱材が壁面にはあっても柱・梁にはなかったり、またひどいケースだと壁面自体にも断熱材がなかったりしましたから、外壁部全体に結露が発生していました。さらにコンクリート打込み押出発泡ポリスチレン板が多用されていた時代、サッシ枠の裏側にまで断熱材が施行できず、その箇所に室内の暖気が隙間から入り込みサッシ枠裏側に集中的に結露している事例も見たことがあります。
 時代が変わって今は外壁面には硬質発泡ウレタンフォーム等を注入吹付けしたりして、断熱材の打ちにくいような部位にも充分回り込むことができるようになりました。また断熱材そのものの性能も向上しています。さらに昨今では共同住宅においてもエコポイントの導入などで外壁開口部にペアガラスが使われることが多くなってきました。これらの断熱性能向上や施行改良の結果室内の水蒸気の行き場がなくなり、残された最後の弱点である鋼製玄関ドアに結露が集中してしまっているのが現状です。換気が悪く水蒸気が多いと、未だに普通の外壁部位にもなお結露が発生しています。
 結露発生メカニズムには室内水蒸気発生と有効換気の有無が深く起因しています。室内水蒸気としては暖房器具・浴室・調理・洗濯物室内干し・人体等様々な発生要因があります。特にRC造建物は躯体コンクリートの乾燥過程(数年かかると言われている)でもかなりの水蒸気が発生しています。近年24時間換気が法制化されてからは、これを作動している限りは常時強制換気が行われており、随分結露の発生は減ったと言われています。また同一住戸内でも、住む人によって結露が出たり出なかったりと言う現実からすれば、結局は住み手の住まい方に大きく左右されるのでしょう。

久里屋設計界隈散策−その24 山口街道馬頭観音      2012年4月20日(金)

香流橋袂の馬頭観音
馬頭観音…千種区宮根台一丁目地内
 東区山口町から東方の長久手市方面にはかつて山口街道と言う通行ルートがありました。この街道沿いには様々な民間信仰があったようで、その一つが香流川側道沿いに祀られているこの馬頭観音様です。設置されているのは千種区宮根台一丁目地内で当社から西へ約1.1kmの位置です。基幹バスレーンが走っている県道田籾名古屋線が香流川を渡っている香流橋の南岸の東たもと香流川緑道のすぐ際にあります。お堂があるわけでもありませんので、気に留めなければお地蔵様があるのかな?くらいで通り過ぎてしまいます。右手観音様後方が香流川緑道、画面左右に県道田籾名古屋線香流橋、その向こうに名古屋市環境局猪子石工場/茶屋坂自動車学校が見えています。
左右に並ぶ新旧の馬頭観音
二体の馬頭観音         ……右手が古よりあったもの
 右手に祀られているのが戦時中に一時行方不明になっていたもので、安永9年(1780年)の銘がはいっており昭和44年の区画整理中に発見されたものとのことです。また左手に祀られているのが、平成10年の銘が入っている新しく造られたものです。歴史的経緯から察すれば、まさしくこの位置にあったのかどうかと言うのは定かではないのでしょう。馬頭観音は頭上に馬の頭をつけた変化観音の一つで、インドのビシュヌ神の化身が仏教にとりいれられたものと言われています。観音のなかでは珍しく憤怒の相をしていて、衆生の無知・煩悩を排除し病・諸悪を毀壊する菩薩です。鎌倉時代の頃からは農耕・交通の守護神として、路傍に石仏が祀られるようになったとのこと。

久里屋設計界隈散策−その23 香流川桜並木満開       2012年4月6日(金)

中島橋より西を見る

左手は香流一丁目地内そして右手が香坂地内、この先の川下に新屋敷橋がある

中島橋より東を見る

左手は神月町地内そして右手が香流一丁目地内、この先の川上に香月人道橋がある

香流川緑道

中島橋から香月人道橋に続く香流川緑道、桜の花のトンネルのようです

遊泳する鯉

香流川にはとても大きな(60〜70cmもある)鯉がたくさん泳いでいます

甲羅干しをする亀

石亀だと思いますが大小の亀達が甲羅干しをしたり、ゆっくり泳いだりしています

餌の魚を探す鴨

そんなに数は多くありませんが、マガモが元気に泳いでいました

餌の魚を探す鷺

頭から長い飾り羽が伸びている特徴が見られるコサギがゆったり歩いています

水面に泳ぐ?鯉のぼり

香月人道橋の東に吊るされた鯉のぼり群、風がないと元気がありません

香流川緑道と鯉のぼり

鯉のぼりの横を抜ける香流川緑道、この先に上部に国道302号線/地下に名2環道が通る引山橋がある

香月人道橋より西を見る

左手は香流二丁目地内そして右手が引山一丁目から神月町/香坂地内へと続く

久里屋設計界隈散策−その22 名東スポーツセンター    2012年3月23日(金) 

名東区スポーツセンター南正面玄関
スポーツセンター        ……猪高町高針勢子坊地内
 名東区スポーツセンターは当社より南東へ4.2km名東区猪高町大字高針勢子坊地内に位置しており、猪高緑地内の西寄り側に建てられています。駐車場が190台分用意されていますのでマイカーでも行けますが、公共交通で行くのには地下鉄本郷駅より市バス「幹本郷1」系統猪高緑地行き、本郷行き循環バス、地下鉄平針駅行きに乗りバス停「障害者バスセンター」で下車して、徒歩5分で辿り着けます。平成9年10月7日に開館され、財団法人・名古屋市教育スポーツ協会が管理しており、猪高緑地の豊かな自然を背景にした市民のために造られたスポーツセンターです。敷地面積29840平方メートル、延床面積14312.88平方メートルと立派な施設です。
第一競技場利用の様子
第一競技場           ……1620平方メートル(36m×45m)
 施設内容としては、第一競技場・第二競技場・軽運動室・トレーニング室・屋内プール(温水)・会議室から構成されており、開館時間は9:00〜21:00(第1・3・5日曜日及び祝休日は9:00〜18:00)で、休館日は毎週月曜日(祝休日の場合は開館)及び年末年始になっています。第一競技場では、ハンドボール・バスケットボール・バレーボール・卓球・バトミントン・レクインディアカなどが楽しめ、210mのランニングコースと1196席の観覧席もあります。第二競技場ではこれに加え柔剣道・空手・なぎなたも利用できます。軽運動室では卓球・エアロビダンスなどが楽しめます。屋内プールは25m6コース/学童用25m1コース/幼児用変形プールがあります。

久里屋設計界隈散策−その21 猪高緑地           2012年3月9日(金)

井堀棚田から井堀入口方面を見る
猪高緑地            ……名東区猪高町上社・高針地内
 猪高緑地は当社から南東へ約4.0kmくらいの位置に中心があり、東西約900m南北約1700mの北側が広く南側に狭い緑地です。市街化が進む中で残された貴重な雑木林でその面積は66haあり、ため池も多く起伏に富んだ地形です。昭和30年代頃まで谷地を利用して田や畑として里山に利用されていました。所在地は名東区猪高町上社・高針で緑地東側が名東区と長久手市との境界線です。東名高速道路名古屋インターチェンジのほぼ真南に広がっており、県道浅田名古屋線と長久手市竹の山住宅と東名高速道路に囲まれています。西側の一角に障害者スポーツセンター・名東スポーツセンターなどがあります。また北西の一角には名東生涯学習センターがあります。
井堀棚田からおんか山南麓を見る
井堀棚田の風景
 南側には標高111.6mの親鸞山山頂がありますが、この辺は緑地部分が狭くなっていてすぐ近くには住宅が密集して建っています。北側は逆に緑地が広くなっています。また緑地内にはテニスコート・ミニスポーツ広場・遊具広場・アーチェリー場・市営名東プールなどがあります。もともと里山だったので今でもコナラ林・杉・ヒノキ林・竹林・ため池・田んぼなど当時の「里山を思わせる様々な風景」が見られます。緑地には今も多くの野鳥・昆虫類・草花・たぬき・いたち・のうさぎなどの野生動植物が生息しています。また、めだか池やカブトムシのお宿もあり自然保護の地道な努力も見られます。なおマムシや蜂などもいますので充分気を付けてください。

賃貸住宅見晴台…「今後ニーズの高まる高齢者賃貸」     2012年2月24日(金)

 総務省の調査(2008年)によれば、平成20年10月1日現在わが国の総住宅数は5759万戸、総世帯数は4997万世帯となっています。人口が増えない中でなぜか一貫して双方とも長年に渡り増え続けており、平成15年からの増加数が其々370万戸・272万世帯となっています。公営と民間の賃貸住宅を合わせた全国の賃貸住宅は約2200万戸あり、このうち空き家の数は約410万戸(空き家率約18%)とそれとは逆に10年間で100万戸近くも増えています。
 高齢者世帯について平成15年からの増減率を見ます。平成20年時点で高齢者のいる世帯総数は1820万世帯、平成15年からは高齢者単身世帯(65歳以上)が22.4%(76万世帯)増、高齢者のいる夫婦世帯(夫婦・片方が65歳以上)が15.1%(67万世帯)増、高齢者のいるその他の世帯(65歳以上高齢者と生計を共にするその他の世帯員で構成される主世帯)が4.2%(36万世帯)増となっており、その増加世帯総数は179万世帯にもなります。
 2012年度からマンションなど民間賃貸住宅の空き家の改修を、高齢者世帯の入居を受け入れることなどを条件に、バリアフリー化・耐震化等改修工事費の1/3を政府が補助支援するとの記事が2月8日付けの新聞に載っていました。これまで政府は老朽化した公営住宅の改修については、社会資本整備総合交付金などで支援してきました。今回は民間賃貸住宅に限ってバリアフリーなどの改修を本格的に支援する初めてのケースになるとのこと。
 60歳以上の単身または夫婦だけで住む高齢者や障害者のいる世帯、18歳未満の子供がいる世帯の入居が、補助を受ける際の条件となっているとのことです。老人ホーム・グループホーム等の特殊な高齢者施設の整備だけでは追いつかず、今後はこういった健常高齢者の賃貸住宅の需要が高まるでしょう。これは増大する賃貸住宅の空き家対策にもなりますし、また今後も増え続ける高齢者世帯が住みやすい改修賃貸住宅のストックの増加にも繋がります。

香流から見える山々−その8 本宮山・尾張富士       2012年2月10日(金) 

本宮山・尾張富士の見える方角
 横に広がる近くの尾根は守山区内にある小幡緑地の山々です。手前が名東区から守山区の街でここを右から左へ香流川・矢田川が流れています。また尾根向こうには庄内川がやはり右から左へと流れその向こうに春日井市の街が拡がっています。この尾根上の中央にひょっこり見えているのは春日井市のさらに北に位置する犬山市内にある本宮山・尾張富士の姿です。またその右手にある山は八曽山で高社山に連なる尾根が続いています。後方にうっすら見える雪山は飛騨の山々です。
 左下に見えるマンションの一階に当社があります。当社のあるこのマンションの最上階(8階)から北方を望んでも、小幡緑地の山々に遮られこれらの山々は見ることができません。これは当社の南にある高台つつじヶ丘より俯瞰して見た光景です。当社からほぼ真北へ約18kmの位置に標高293mの本宮山があり、そのすぐ右手に標高275mの尾張富士そしてその右下山麓には明治村があります。その入鹿池を挟んで標高327mの八曽山が見えています。八曽山まで直線距離で約20km離れています。
 愛知県内には本宮山がもう一つあり、そちらは岡崎市・新城市・豊川市の境にあり標高789mとこちらの2倍以上の高さがあります。本宮山・尾張富士・白山(小牧市内)の三つは尾張三山と呼ばれ江戸時代より信仰の対象となっています。本宮山西側山麓には大縣神社があり山頂にはその奥宮があります。天下の奇祭で知られる大縣神社の御祭神は大縣大神(オオアガタノオオカミ)でありヤマトタケルノミコト三世の孫とされています。また山頂南東の山麓にヒトツバタゴの自生地もあります。
 尾張富士の山頂には浅間神社があり、社殿の背後の眼下に入鹿池が見下ろせます。また尾張富士には隣の本宮山と高さを競ってきた「背比べ伝説」があります。御祭神である木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)のお嘆きから始まったと言われる「石上げ祭り」…尾張富士が石を積み上げ本宮山に近づこうと言う…があり、毎年8月の第一日曜日に行われています。また白山の山頂にも白山神社奥社がありますが、以前のお社が伊勢湾台風で倒壊したため、質素な建物が建っています。

久里屋設計界隈散策−その20 名東文化小劇場       2012年1月27日(金)

上社ターミナルビル
名東文化小劇場          ……名東区上社一丁目地内
 名古屋市名東文化小劇場は当社から南東へ約2.2kmほどに位置する地下鉄上社駅の上にある上社ターミナルビルの中にあります。上社駅は上社ジャンクションのすぐ北西にありますが、幹線道路である県道名古屋長久手線から一本奥へ入ったところにあるので目立ちにくくなっています。ターミナルビルは一階が地下鉄上社駅とテナント、二階がテナント、三階が名東文化小劇場・上社レクリエーションルームが入っています。加えてビル南側は市営住宅となっています。またビル前広場はバスターミナルにもなっています。文化小劇場は名東区を含め名古屋市内の他の区にもあり、全部で13劇場あるのですがレクリエーションルームも併設しているのは名東区だけです。
ホール出入り口をホワイエより見る
名東文化小劇場ホール前ホワイエ
 名東文化小劇場が開館したのは平成10年6月16日で、356席の客席とプロセニアムステージのあるホールと練習室とで構成されています。公益財団法人名古屋市文化振興事業団が管理運営しています。コンサート・落語・文楽・映画・演劇等年間を通じて様々な催しが開かれており、友の会に入会すれば割引の特典もあります。また併設されているレクリエーションルームは軽運動室(200平方メートル)が二つ・軽運動室兼会議室(85平方メートル)が一つあり、市民が利用申し込みすればダンス・卓球・会議等に利用できます。駐車台数は文化小劇場/レクリエーションルーム其々25台/10台しかなく公共交通利用の方が確実です。両施設共原則月曜と年末年始が休館日です。

久里屋設計界隈散策−その19 名東図書館         2012年1月13日(金)

図書館正面を南東より見る
名東図書館           ……名東区文教台二丁目地内
 名古屋市立名東図書館は文教台二丁目地内にあり、当社から南東へ直線距離で約900mに位置しています。名古屋第二環状自動車道から西へ230m程入ったところですが住宅街の中にあり、またすぐ西側には廻間公園もある静かな環境で、名東区が千種区から独立した翌年の昭和51年6月15日に開館しました。交通アクセスはあまり良くなく、公共交通手段としては市バス上社11「名東図書館」/上社12「文教台二丁目」下車、上社11は2〜3本/時間・上社12は1本/時間くらいの本数です。また自家用車の場合は有料駐車場(一回300円、30分以内無料)もあります。原則毎月曜日と第三金曜日が休み、開館時間は10時〜19時(土・日・祝日10時〜17時)となっています。
図書館裏手セルフ式駐車場
図書館西側有料駐車場
 名古屋市の区は16ありますが、中区を除く全ての区に図書館があり、昭和区にある鶴舞中央図書館の蔵書数が突出して多く約90万冊と最大規模となっています。他の図書館の蔵書数は大体10万冊前後(名東図書館約93,500冊)となっています。因みに愛知県図書館は89万冊の蔵書数、国立国会図書館の蔵書数は970万冊です。館内の書架は一階ワンフロアーでゆったりと作られており、社会人のための研究室(二階・20席)もあります。平日は高齢化社会を反映して中高年の利用者で賑わい、また休日は子供や学生・生徒が多く利用しています。自動車図書館の巡回も実施しており、その他おはなし会・幼児向けのおはなし会・英語でおはなし会等の行事も定期的に行われています。

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